子宮頸がんワクチンの接種が日本で遅れている理由。正しい情報を入手するために
子宮頸がんは日本で毎年1万人以上が罹患し、年間約3,000人の女性が亡くなっている病気です。罹患の主な原因はHPVというウイルスへの感染で、海外では子宮頸がんワクチン(以下、HPVワクチンという)の接種が進んでいます。
しかし日本のHPVワクチン接種率は非常に低く、2022年4月に定期接種の積極的な勧奨が再開されたばかりです。そこで今回は、国内外のHPVワクチン接種の動向や日本でHPVワクチンの接種が遅れた理由について解説します。
※出典:国立研究開発法人国立がん研究センター「子宮頸部」
日本のHPVワクチン接種率は先進国ワーストレベル
厚生労働省が公表している「定期の予防接種実施者数」では、日本のHPV接種率は2019年時点で4%以下(1回目:3.3%、2回目:2.6%、3回目:1.9%)です。過去には1%を切ることもあったので増加傾向ではありますが、以下の先進国と比べると依然ワーストレベルといえるでしょう。世界保健機関(WHO)が接種を推奨するなか、日本だけが取り残されています。
■先進各国のHPVワクチンを接種した女性の割合(2019年)
カナダ | 83% |
イギリス | 82% |
オーストラリア | 79% |
イタリア | 52% |
アメリカ | 49% |
ドイツ | 43% |
フランス | 33% |
次に各国のHPVによる子宮頸がん発生率を確認してみましょう。
公益財団法人ジョイセフ(国際協力NGO)は、2021年に発表されたWHOの「Human Papillomavirus and Related Diseases Report」というレポートをもとに、各国のHPVによる子宮頸がん発生率をランキングにしています。なお、調査した国の数は176カ国です。
■日本のHPVに起因する子宮頸がん発生率の順位
・全ての調査国のなかでの順位:87位
・G7での順位:ワースト1位
・G20での順位:ワースト5位
以上のように子宮頸がんに罹患する割合も先進国のなかでワーストレベルであり、これは日本のワクチン接種率の低さが関係しています。なぜ子宮頸がんの患者数が多いにも関わらず、日本のHPVワクチン接種は遅れているのでしょうか。
※出典:厚生労働省「定期の予防接種実施者数」
※出典:厚生労働省
「小学校6年~高校1年の女の子と保護者の方へ大切なお知らせ(詳細版)」
※出典:公益財団法人ジョイセフ
「WHOが排除を宣言した子宮頸がん 世界の高罹患率10カ国と日本のデータ」
日本でHPVワクチンの接種が遅れた理由
日本では2013年4月に、小学6年から高校1年の女性を対象にHPVワクチンの定期接種(無料)が始まりました。しかし、接種後に体の痛みなどを訴える人たちが相次ぎ、それを連日のようにメディアが取り上げるなか、厚生労働省は同年6月に積極的な勧奨を中止しました。
当時は健康被害とHPVワクチンの接種に因果関係があるのか検証されていませんでしたが、メディアは科学的な根拠なしに「HPVワクチンの副反応」として報道を続けていました。このメディアの行動が積極的な勧奨を取り止めた原因の全てではありませんが、報道姿勢を批判する声はみられます。いずれにせよ一連の騒動で世論は反ワクチンに傾き、接種率は1%未満にまで落ち込んでしまいました。
その後も厚生労働省は再び積極的な勧奨をするタイミングが見つからない一方で、当時のメディアは科学的な情報を扱わない風潮があったといわれます。結局、2020年のスウェーデンの大規模研究においてHPVワクチンの顕著な有効性が示されるまで進展はなく、多くの女性が接種機会を失ってしまいました。
HPVワクチンの接種率減少を招いた副反応の実際
先述したように、HPVワクチンと健康被害の因果関係は検証されていなかったので、
厚生労働省は国民に適切な情報提供をするため、専門家の会議で議論を続けてきました。そして国内外でHPVワクチンの安全性・有効性を示すエビデンスを収集した結果、2022年現在はHPVワクチンの接種と接種後に生じた症状の関連性は明らかになっていないとしています。ここではその根拠の1つである名古屋で行われた研究を紹介します。
名古屋市調査(2018年)
1994〜2001年生まれの女性を対象に、HPVワクチンと接種後に報告される多様な症状について、名古屋市で3万人規模のアンケートを行いました。多様な症状とは、月経不順、関節や体の痛み、ひどい頭痛、倦怠感、めまい、過呼吸、急激な視力低下、記憶力の低下など24の症状のことです。質問例は以下の通りです。
・身体の症状:症状の有無と発症時期、医療機関受診の有無、現在の症状
・病状の影響:影響の有無、学校での勉学への影響の頻度、影響した症状の種類
・HPVワクチン接種歴:接種の有無、接種回数、接種時期
HPVワクチン接種群と非接種群を比較した結果、統計的に有意な差は認められませんでした。つまり、これら24の症状はワクチン接種の有無に関わらず起こり得ることを示しています。
※出典:厚生労働省「令和4年4月からのHPVワクチンの接種について」
※出典:名古屋市「子宮頸がん予防接種調査 回答集計結果」
報道やSNSを精査して事実に基づいた行動を意識しましょう
子宮頸がんワクチンの接種が日本で遅れている理由と国内外の動向を解説しました。かつての日本では、接種後に体の痛みや運動障害など多様な症状が出たと訴える声が相次ぎ、それをメディアが大々的に報道するなかで、2013年6月に厚生労働省は積極的な勧奨を差し控えると発表しました。
厚生労働省がこの決定を下した時期はHPVワクチンと接種後の症状の因果関係が検証される前でしたが、結果的に接種率の急激な落ち込みにつながりました。センセーショナルな情報だけに影響されないよう、事実に基づいた行動を心がけましょう。特にHPVワクチンはベネフィットがリスクを上回るとさまざまな研究で示されていますので、接種を検討されてはいかがでしょうか。